バンブーギター開発者、師匠中山修氏の紹介
中山修氏のギター紹介(ギター販売サイトの記事より引用)
1960年代の黄金期のラミレス工房で、9年間の長きに渡りラミレスギターを作り続けた日本人がいる事をご存じであろうか。
中山修氏は、小原安正氏のお弟子さんであり、1960年にスペインへ留学され、ほどなくラミレス工房に入られた。イエペス氏の推薦があったと聞く。69年に帰国され、ギター製作家・演奏家としてデビューされた。その際、小原氏は中山氏の製作家としての大成を願う意味で、ラミレス工房出身である事を秘すように言われたという。
同氏のギターは、当時より現在に至るまで最高品質のクラシックギター扱うことでは日本屈指の専門店G社で取り扱いされ、現代ギター社が最初に発刊したギター名鑑とでも言うべき「ギターの知識」でも紹介されている。
本来ならギターの名工として順風満帆のはずであったが、79年に不慮のバイク事故にあわれた。両手首を複雑脱臼し、医師から再起不能と宣告され、頭にもダメージを負われ断片的な記憶喪失を生じたほどの大事故であったという。演奏家として、製作家として絶望的な宣告をうけた中山氏は、材料・治具などギターに関するもの、すべてを焼却処分されたという。
ほどなくギターの世界から身を引かれた。あまりにも突然で、G社の関係者の方でさえ知らなかったという。こうして稀代の製作家、中山修の名前は消えさるはずであった。2000年、それまで奥様の実家がある福岡県で木工所の勤務されていたが、定年退職された、その年のある晩、「竹で作られたギター」の夢を見られた。それがきっかけになり、満足な治具もない中で、竹を材料としてギター製作を再開された。バンブーギター製作家「中山修」は、こうして復活された。失礼を承知で申し上げるが、中山氏のその実力に比べ、同氏のお名前を知る方はまだまだ少ないとおもわれるが、それでも確実な足取りで中山氏のギターの評判はプロの演奏家や愛好家の間で上がり続けている。2012年には村治佳織氏からの依頼でバンブーギターを製作されたという。
中山修氏については、製作家の矢敷氏や宇野充氏のホームページでも詳しく紹介されている。ぜひご覧いただきたいと思う。
中山氏のバンブー・ギターについては以前より大変な興味があり、何とか入手を、と願っていたが、今回こうして御紹介出来る事をうれしく思う。それは同氏の半生が、あまりにもドラマチックである事に起因するのではない。ギターを商う者として純粋にギターそのものに興味があったからである。その結論から言えば、素晴らしいの一言。孟宗竹という硬質で頑健な材(国が定める無処理木材の野外耐用年数で、孟宗竹は20年、他の木材は長くて7年ほど。)を寸分の狂いなく、ここまで完璧に作り込んでいる事に、まず驚かせられるが、バンブーギターの本質はここにあるのではない。あくまで音色・音質・音量など要の部分で、プロの演奏家の使用に耐えられるそのサウンド面にある。本器の仕様は、側板・裏板・ネック・ヘッドの各部分が孟宗竹で、表面板がスプルース仕様の孟宗竹とトラディショナルな材との折衷になっている。それゆえ、オール孟宗竹仕様のギターとは音のニュアンスが少し違っているとは思われるが、音に芯があり、和音が濁ることなく響き、太く、甘く、それでいて凛とした気品のある音は、まさにオンリーワンと言えると思う。孟宗竹の音響特性からか、単にボディの箱鳴りだけでなく、ネック&指板からも音が鳴っている感じ、弦を押さえ弾いた音がネック&指板を通り抜けボディに伝わっていくような爽快感がある。それゆえ右手のタッチにも敏感で、指先のタッチを少し変えるだけで音色も微妙に変化する。これは言い換えれば、良いタッチにも悪いタッチにも鋭く反応するという事で、奏者の技量が試されるような楽器でもあるという事。また孟宗竹のネックの特長として、指あたりが滑らかで、左手親指のポジション移動が非常に楽である反面、ボディ部分もなめらかで滑りやすい部分もあるので、演奏時にはセーム皮を敷くなどの工夫や、膝の上に置いて弦を交換する時などは、少し注意が必要であろう。最後に本器の状態としては、ごく僅かな打痕等は少しあるが、ネック・指板・フレットを含め、全体的にも使用感がほとんど見受けられない、中古ギターの状態としては最良の部類に入るものと思う。
中山修工房訪問記
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